I me Mine

根暗なマイハートのネジを巻け!

最後の審判

最後の審判
ミケランジェロの壁画である。


ミケランジェロは、人間の肉体を神が与えてくれた最高のものと考え、この絵に描かれる審判の日の群衆は、皆が過剰なほどマッチョな裸体で描かれている。


後の教皇が、この露骨な裸描写を書き直せとミケランジェロに命じたところ、「まず教皇がこの世を直せ、そうしたら書き直す」と答えたという。


私はこの逸話を知ってこう考えた。
最後に「審判」を受ける定めがあるなら、そこに至るまで各人の生存条件が平等でなくてはアンフェアだ。
しかし、実際の社会は、まったく様々な環境や肉体条件のもと人は生まれ育つ。
それも定めだとすれば、せめて為政者は機会の平等を与えるのが役割だ。


しかし、当時のローマは外国からの侵略や宗教改革により混乱のあった時代だったようだ。


だから、ミケランジェロは、せめて絵画の中では、あるべき姿として、「神が与えた完璧な肉体」で各人を描いた。
もしそれを書き直せというのなら、教皇ら為政者が万人に平等な政治を行い、実際社会に平等が実現されたなら絵画のなかに理想を描く必要はなくなる、なんていう政治的なメッセージがこめられていたように思える。