- 作者: 福沢諭吉,富田正文
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1978/10
- メディア: 文庫
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福沢諭吉の『福翁自伝』の感想文。
緒方洪庵(1863没)の適塾でオランダ語を学び、英語を独学し、通訳・翻訳家として幕府の外交に関与し、渡米・渡欧に随行し「西洋事情」など著書を表した。攘夷論者から斬られると恐れヒヤヒヤする一面も。
はじめは、語学堪能で好奇心旺盛な公務員という感じ。
通訳・翻訳家として幕府の仕事に関わるが政治や出世に関心が無い。幕府からも新政府からも距離を置き、慶應義塾を創設した。日本で初めて授業料を生徒から取った。もっぱら英語を教え、英語の次に漢字を習う、それで十分間に合った。
慶応義塾での教育以外の事績としては、国会設立の建議や、時事新報の発起などがある。
福沢諭吉には次のような願いがあった。
「国民一般を文明開化の門に入れて、日本国を兵力の強い商売の繁盛する大国にしてみたい」
福沢諭吉の言葉は、150年前のものとは思えないくらい、現代に生きる自分が読んでも違和感がなく正しい。ていうか、現在の民主主義、平等社会の基本を作った人だからだろう。それがゆえに、諭吉が「兵力の強い国」を目指したことが気になり、逆にこれは正しいのかもしれないと思ったり。
でも、私は自分の頭で考えたい。国家の兵力や戦争で守りたい価値って何だろう。
「日本」というバーチャルな枠組み?サッカー日本代表を応援するようなもの?日本人とい単一民族を守りたい?現在の社会システムを守りたい?戦争に負けると奴隷になるから?キムさんが総理大臣になっても単一民族と社会システムが維持されたらオッケー?
社会システムが世界共通となり、国家の意義が薄まれば、国家間の戦争はなくなるが、プレイヤーとしての企業、個人が台頭する。紛争解決手段として司法が機能しないと、企業、個人が実力(武力)行使するだろう。
かつて貴族が武士を雇って荘園を守った時代が繰り返される。戦争を無くすのは難しい。
自分が「日本」に納税する理由とは、社会システム。米国は多民族国家で、国家の共通項は民主主義、資本主義だけに映る。TPPにより社会システムが共通になったら、国の意味が私には分からなくなる。
「社会関係資本」規範や互酬関係を資本としてとらえる社会学や経済学の定義が注目されている。
私は「言語」「家族」「職能」の3点を得るため、教育やネットワーク構築に時間と労を尽くしてきた=投資してきた。日本で。
そのリターンを長期的に得るため、今も、日本に住んでます。