(問題)○○を埋めよ
「代々木ゼミナール」に名前が似ている地方予備校を見て、
私「間違えてあの予備校に入学した受験生かわいそうだよね。」
友達「でも、東大に合格したらどうする?」
私「○○かよ!」
(答え)「合格かよ!」
- 有名予備校と錯覚させる名前を付けるような予備校は悪徳業者だから、間違えて入学した生徒は適切な受験指導を受けられず、受験で苦戦するかと思いきや、見事合格したという意外性。
- 受験生の、予備校を間違えるおっちょこちょいと、東大に合格する能力の高さとのギャップ。
昔はそう思っていたんだけど最近は、むしろ予備校がどうだったって関係なくて、目的を達成できればいいじゃないかと考えるようになった。
たぶん、あの日笑ってしまった私は、目的よりも手段・過程を重視していたのである。
だから、友達にとってみれば「笑うところじゃないんだけど・・・」だったのかもしれない。
そんな思い出をきっかけに、最近のニート(引きこもり)について考えた。
まず、ニートって何だろう。
- 稼ぎがない
- 稼ぎ口を探していない
- 将来稼ぐための知識・技能習得をしていない
- 衣食住のすべてを誰かの世話になっている
- 誰かの衣食住を世話していない
(ただし、”稼ぐ”は「社会通念上適切な手段」に限る)
私の定義では、上記5つを満たす者をニートと考える。
通常の定義では、学校に通っていればニートではないが、私の定義では学校に行っていても将来の稼ぎに直結しなければニートということになる。
また、犯罪行為や社会通念上不適切な手段により稼いでいる者、稼ぎ口を探している者もニートだ。
結論的には、現在の日本は再チャレンジが難しい社会だ。だから私は偉そうに何かを言うつもりは全然ない。
ただ「生き方」について、以下自問自答したいのである。
ニートについて
- ホームレス
- 恋愛に奥手な人
との類似性から何か分からないかと考えた。
- ”ホームレス”との類似性
- 自立していない
- ホームレスは、ボランティアの炊き出しや空き缶拾いなどの収入に頼って生活している。
- ニートは、親の世話になって生活している。
- 自立していない
1つめの自立について、やはり仕事をして生活費を稼ぐことが社会の基本であると思う。生活のためアルバイトを掛け持ちして数十時間働いている人もいる。過労死する人もいる。
そのくらい働くことは大変で、尊いものだと昔から教えられてきた。
時代が変わったからといって、「本人の事情によっては働かなくてもいい」ということにはならないと思う。
2つめの社会拒絶の理由について、事故や自然災害、リストラ、連鎖倒産など不本意な理由で平穏な生活を乱されてしまうケースがある。生活の建て直しがどうしてもうまくいかなくてホームレスになった方々に対して、私は偉そうなことを言えない。多重債務や犯罪などに手を染めて誰かから逃げている人も居ると思う。
しかし、社会通念として、ホームレスの方々が社会に復帰できるよう行政やNPOが支援することに対し異論を挟む人は少ないと思う。要するに、どんな理由があれ社会復帰を目指さなくてはならない。
同様に、ニートについても社会拒絶の理由をそれぞれが持っている。内面的な悩みは表に見えないけれど、つらい思いをしているのだろうと察する。時間がかかるかもしれないが、ニートを脱して社会とつながりを持てるよう行政やNPOが支援することについて、社会は異論を唱えないはずだ。
「私はニートでかまわない」と、本人が拒絶するかもしれない。しかし、いつまでも社会を拒絶して生きていくことは許されない。
働いて自立するのが社会の基本である。結婚し、パートナーを支えていくのも結構なことだ。
要するに、どんな理由があれ、社会復帰し自立することが必要である。精神疾患等であるなら適切な治療が処置されるべきだ。
- ”恋愛に奥手な人”との類似性
- 慎重すぎる
- 恋愛に奥手な人は、相手を慎重に選ぶ。とりあえず付き合ってどんな人か知ろうとはしない。自分が傷つくことを恐れる。
- ニートは、将来の夢や仕事を慎重に選ぶ。とりあえず働いてみようとはしない。自分が傷つくことを恐れる。
- 慎重すぎる
-
- 目的と手段を間違える
- 恋愛に奥手な人は、自分がどう見られるか、2人が第三者からどうみられるかという心配ばかりして形にこだわったりする。相手の心の動きを汲み取って行動することが苦手である。
- ニートは、将来の夢が「職業」だったりする。形に気をとられて、どんな社会貢献をするかという目標がないため、目先にこだわって一歩を進めない。
- 目的と手段を間違える
ひとつめの、慎重さについて、慎重なのは大切だが、一歩を踏み出さないと始まらない。
ただし、人生は待って果報が来る場合もあるので一概に言えない。
確かに、地元企業の就職面接で落ちたのをきっかけに、進学を決めて卒業後、有名企業に内定し、そこで生涯の伴侶に出会って幸せに暮らしている人も知っているので、目先の就職に飛びつけばなんとかなるとは思わない。
しかも、私自身が何事にも奥手なので、ニートにむかって「とりあえず行動せよ」とはとても言えない。
でも、スガシカオが「あと一歩だけ前に進もう」と歌っているし、水前寺清子の『三百六十五歩のマーチ』という歌もある。
ひたつめの、目的と手段について、リリー・フランキーの著書によれば、「どうやったらイラストレーターになれるのか」という質問に対し、リリー氏は「自分の職業はイラストレーターだと言い張ったときからイラストレーターになるのであって、むしろ必要なのは何をしたいのか持っているかとうか」だと答えているという。
重要なのは、職業は「手段」であり、「目的」は別にあると認識することだ。そして、その「目的」は、なんらかの社会とのつながり、出来れば社会貢献であることが望ましい。
芸術家だって、仮に「誰にも理解されなくていい」と強がっていたとしても、絵なり彫刻なり音楽なり他人の目に見える形にして、世に作品を差し出しているのである。
目標が、例えば「難病を治す」だったとして、その手段は、医師、看護師、薬品メーカー、医療機器メーカー、国家公務員(規制緩和等の制度改正をする)、薬品の被験者、金融業(研究開発費を融資)など様々な職業(手段)がある。別に正社員でなくても契約社員でもアルバイトでもこれらの業務に携わることができる。
目標が見つからないのであれば、「目的を見つけること」を目的として、手段は「知識や交流を広げる」ために、学校に行く、NPOの活動に参加してみる。また、働いて自立することが基本だと申したように、何か仕事を探す、アルバイトに応募する。
私の冒頭のエピソードのように、ニセ有名予備校でも東大に合格できれば、受験生はそれでいいのだ。手段(=予備校)は、どこだっていいのだ。(もちろんニセはよくないが)
だから、「生き方」については、大きな目標を掲げること。その目標は社会に貢献する内容が望ましいこと。職業はそのための手段だと考えて、細かいことにこだわらないで、一歩踏み出すことが重要だと考える。
ただし、先ほども述べたように、人生のタイミングということについては、良くわからない。
だから、次のような言葉を書いておく。誰の言葉かは忘れた。
- もっと早く一歩を踏み出せばよかったと思った時は、
「本気でやろうと思った時が、最適なタイミングである」
- まだ早いと考えている時は、
「少し早いと思っている位で始めたほうがいい」
「思い立ったが吉日」
具体例は⇒id:horikita800:20061105
生活保護制度は、若いときに国民年金に加入しておらず、高齢化し生活に困っている人も対象になるらしい。
なかには、国民年金よりも多くのお金を手にしている人もいるらしい。障害等の理由でなら分かるが、無責任な生活設計の結果だったらちょっと×3と言いたくなる。かなり乱暴な計算だが、ニートが現在64万人(厚生労働者)として、かれらが将来生活保護になった場合の税負担は1.7兆円くらい。現在の国全体の一般会計予算が80兆円であることからみて、ただならぬ数字だと思う。
(計算式)
a)予算額(国3/4、地方1/4)=2.7兆円
19年度厚生労働者の生活保護予算=約2兆円(国負担3/4)
その他、地方自治体負担額1/4を推計=7兆円
b)現在の生活保護世帯数=100万世帯(17年度)
c)1世帯あたり予算額(a÷b)=270万円/年