夏目漱石『夢十夜』を読んで、夢かウツツか、うたかたの世界へ。
いつもと帰り道を違えて見つけた大衆食堂。
暖簾をくぐると2名の酔客と1人のサラリーマン。
「もう閉めるから何処坐ってもいい」と、ご主人。
4人掛けのテーブルに腰掛けると椅子がジメジメしていている。
見ろと言われたメニューには黒い虫が動めいている。
身体が痒い。
出てきた鮭のバター焼きとフライ定食は・・・
「食えなくは無い」という感想しか出てこない。
サラリーマンが帰った。
2名の酔客がうるさい。
「落合が最近おとなしい、あんな落合に優勝させたくない」
「中日今日も勝ったのか!じゃあ差が縮まんねえな」
「中日気持ち悪い位置にいるんだよな」
と、中日をさんざんやっつけた後で、ダルビッシュがどうのこうのと息巻いている。
テレビ画面がちらつく。
「西武の中村はすげえ、31本か、これは超えるぞ」
「55本をか?可能なペースだ」
「西武負けか、大砲がいてもダメだな」
「西武ドーム客全然入ってないって話だぞ」
と、西武にも容赦ない。
画面が相撲になる。
「白鵬今日負けたぞ」
「今場所はすげえんだよ」
「朝青龍は魁皇に負けたぞ」
「魁皇は力じゃ一番だからな」
と、魁皇にはやさしい。
ニュースが終わって、画面には漫才の大助花子が出てきた。
「かあちゃんがガンでこいつが脳梗塞で大変だよな」
と、大助花子にもやさしい。
私も引き込まれて、大病を患ってお笑いをやるというのは、すごい事だと感心する。
ガレッジセールのゴリが画面に映ると、
「こいつNHKに出んのかよ」
と、毒を吐く。
「でも、少し痩せたんじゃねえか」
と、気遣う。
「でも、この2人司会か?本当かよ」
と、吠える。
で、話はなぜか横山やすしの息子が今何をやっているかという話に移り、
「木村一八は女にモテる」
「いい顔しているよな、藤あやこと噂があったよな」
「きっと、倅がデカイんだよ、そうじゃなければ藤あやこが相手しないよ」
と、品が無い。
画面に白黒写真が映された。
「随分昔の写真だ」
「お前の父ちゃんの写真も白黒だろ、ていうかお前の子どもの頃の写真も白黒だろ」
「次男は写真が少ねえんだよな」
「てめえの家にはテレビがあったのかよ」
「俺は昔、テレビの中に人がいると思ってた」
すると、
「本当にそう思ってたのホホホホ」と御かみさんが話に乱入する。
酔客は「俺はテレビの中身がどうなっているか知りたかった」
「だから東京に出てきた」「東芝に入って技術者になったんだ」
話が締まると、一人がトイレに立つ。
残された酔客に、御かみさんが「ちょと元気が戻ったみたいだけど、今日はお酒やめたら、ビール残ってるの」と気を遣う(というか閉店時間だから帰ってもらいたいようだ)。
「○○さんは、まだビール飲むよ」とご主人はトイレに行っている方の酔客の行動を予言し、ニコニコしている。
私は(こうやって盗み聞きしている自分の方が品が無い)と思いながら、飲み薬を水で喉に流し込んでいる。
場末(ばすえ)の食堂ってこんな感じなのかと、皆既日食よりも珍しいものを見た気分になっている。
酔客がトイレから戻り「ビールもう一本!」と声を張り上げる。
もう一人の酔客は「おあいそ」「2000円です」
私もこのタイミングで「ご馳走様でした」「750円です」
大衆食堂を後にした私を、御かみさんが追いかけてきた。
「お客さん!本を忘れたよ」
- 作者: 夏目漱石
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2007/01/16
- メディア: 単行本
- クリック: 13回
- この商品を含むブログ (7件) を見る
「お客さん、居たか」
「間に合ったか、よかったなあ」
御かみさんの戻った店内の声が夜に響いている。